「ドログバが出場してすべてが変わった」
と監督さんは言っているけど、どこまで計画道理だったのだろうか。
36歳と比較的高齢のベテラン、ドログバを生かすために、ある意味犠牲にした前半。
日本だったら本田をベンチスタートさせただろうか。
監督の覚悟の賭けが、見事に勝ったと言うことでしょうか。
(そこまで、博打をしないと日本に勝てないと思ったのでしょうか?)
私が勝手に、博打だの賭けだの言っているだけで、監督にとって確信に近い作戦だったのかも。
日本が「日本らしさを出そう」「日本のサッカーをやろう」と言っているのに対して、
コートジボアールは、「相手の弱点を突くサッカー」をやっていたのではないだろうか。
そして、相手の弱点を突くために、自分たちの武器・長所をフルに生かすサッカーをした。
そもそも、単純にドログバを生かすための作戦じゃなかったかもしれません。
誰しもが思いますよね。
ドログバに点を取らせるための、ドログバ温存だと。
でも、本当の狙いはそこではない。
私は、今回のワールドカップ、日本のポイントは吉田麻耶だと思っていました。吉田麻耶が、やらかして「失点するのか、しないのか」ここが勝敗のポイントだと思っていました。
試合途中で、ドログバを投入。
フォーメンしょんやリズムが変わる。
対応できなければ、当然、マークのミスをして、失点する可能性が高くなります。
さらに、吉田麻耶は、俊足ではない、というか鈍足なので、スタミナが減れば、さらに足が遅くなる可能性がある。
攻撃参加させれば、スタミナは減るし、戻りで隙が生まれる。
まさに、吉田麻耶の「やらかし率」を上げるための、作戦だったのでは思ってしまいました。
結果的に、点を取ったのは、ドログバではないですし。
こちらのサイトで、コートジボアールが日本の左サイドを狙い撃ちにしたのが判ります。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/15/analysis-jp-civ_n_5496156.html
意外と監督の技量の差が出た試合なのかもしれない。