日本って、アイデアを出す人よりも、叩く人の方が偉いし、評価される。
始めっから、完璧なアイデアなんて、ないんだ。
不完全でも、出して、それをブラシュアップする。
ちゃんと、それが出来ている組織と、出来ていない組織の差が大きい。
始めっから、完璧なアイデアなんて、ない。
その結果、弱点だらけ、欠点だらけ。
アイデアを出した人は、『ここだが駄目だ。ここに問題がある』と指摘されまくる。
ここでは、他者が、弱点・欠点を埋めるアイデアを出すことが重要だけど。
そこは、弱い。
建設的な議論は出来ず、多くの場合、弱点・欠点の指摘のみで終わる。
この時点で、批判をした人は、未熟なアイデアを出した人よりも、頭が良いことになる。
アイデア批判者 > 未熟なアイデア出した人=未熟な人 となる。
結局、「アイデア批判者 > 未熟なアイデア出した人=未熟な人」という構図だけが残る。
未熟なアイデア出した人は、未熟な人なのでアイデアを出す場から追放される。
もしくは、アイデアを出す気を失い、自らその場を去る。
結果、アイデアを出す場所に残るのは、アイデアの批判者だけだ。
当然、アイデアは出なくなる。
ここで奇妙な逆転現象が起きる。
稚拙なアイデアを出しても、逆に批判されなくなるのだ。
そのアイデアを批判してしまったら、もう次がないため、異常なほど無批判になる。
中には勇猛果敢な人が居て、稚拙であることを指摘する人もいる。
しかし、この手の人は、空気が読めない人と排除される。
結果、空気の読める人ばかりになる。
最終的に、その場に残るのは、空気の読める批評家だけになる。
会議で行われることは、空気の読みあいだけ。
パワーゲームで物事が決まる。
どうしようもなく、稚拙なアイデアが世の中に出る。